浄瑠璃と能はどんな関係?伝統芸能の歴史に詳しくなる!

 

浄瑠璃とかというと、大学の文学部の学生が勉強していそうな

イメージがあるし、上野浅草で観られるのは分かるが・・・

両者の違いがイマイチあやふやだったりする。

 

 

そこでこの記事では、

両者の関係から内容の違いなどを語っていく。

 

 

浄瑠璃と能の関係とそれぞれの様式とは?その成り立ちと背景

 

浄瑠璃も、

基本的な題目や演奏は同じだが、

演者であったり表現の仕方が少し違っている。

 

浄瑠璃から、

いいところを盗んで発展していった、

これがキーワード

 

 

浄瑠璃が歴史上はじめて姿を現すのは、

戦国時代に織田信長が作った、

と言われている説が有力である。

 

浄瑠璃とはどのようなものであるか、

三味線で演奏して、歌を歌う人がセリフを、

伴奏に合わせて歌っていくものである。

 

現代の音楽の、

昔のバージョンと言っていいだろう。

 

 

また人形が登場するバージョンは、

人形浄瑠璃といわれる。

 

実際に、江戸時代になってくると、

演者が人形を使ったものばかりになってくる。

 

現在でも人形浄瑠璃の影響は大きく、

浄瑠璃といえば人形が出てくるものと

解釈している人も少なくはないのである。

 

 

「猿楽」江戸時代までのの呼び名だった。

 

 

日本の芸術分野の能楽の一部でもあり、

明治維新以降は、

狂言と合体することになる。

 

浄瑠璃のように、

音楽に合わせて歌ったり、

舞ったりすることが特徴である。

 

面をつけて舞うのが、

であると解釈されているが、

 

面をかぶらずに上演するのは、

狂言と分けられている。

 

 

浄瑠璃はどちらが先に誕生したかというと、

である。

 

の歴史は大変に古く、

猿楽と呼ばれていた期間からすると、

代表的な古典芸能である。

 

 

基本的に、浄瑠璃は、

どこかで融合たりしたことはないが、

 

どちらも戦国時代には存在しているために、

何らかの影響は受けていると理解していただきたい。

 

 

浄瑠璃の演目には能の影響がある?

 

 

浄瑠璃能楽のいいところをとって、

成立しているということを理解しなければいけない。

 

 

両者とも、大きく栄えたのは江戸時代である。

 

しかし、能楽はすでに完成形にあったため、

浄瑠璃能楽の演目のいいところをまねして、

栄えていったのである。

 

演目だけではなく、

演奏方法や演出の仕方まねされている。

 

 

そのため、浄瑠璃を目隠しして聞いていただけでは、

どちらなのか判別すること難しいであろう。

 

 

基本的にの演目は非常に多く何千とあり、

江戸時代に栄えた浄瑠璃が、

いい能の題目を使っていったと考えるのがいいだろう。

 

要するに浄瑠璃の技を盗んで、

発展させていったわけである。

 

 

文楽と浄瑠璃の違いは?似ているけどココが違う!

 

 

文楽の一種で、

狂言と融合して生まれたジャンルである。

 

一方浄瑠璃は、音楽に載せて人形を動かしたり、

人が踊ったりすることである。

 

 

大きく違うところは、では演者は人間である。

一方、浄瑠璃演者は人形であることが多いのである。

 

 

似ているところは、演目ほとんど同じである。

 

これは、から浄瑠璃へ、

演目が引き継がれた結果でもある。

 

正確に言うと、

浄瑠璃まねをしているわけである。

 

 

文楽には狂言というジャンルがある。

 

現在でも狂言師として、

 

テレビなどでお目にかかるケースが多いが、

狂言面をかぶっているかどうか、

という違いしかないのである。

 

面をかぶるが、

狂言素顔で演じることを指すのである。

 

 

自然も豊かで、観光スポットとして人気の淡路島

実は、ここが淡路人形浄瑠璃で有名なのは、

意外と知られていない。

 

そもそも「人形浄瑠璃」が何かご存じないのでは?

 

 

今回は淡路人形浄瑠璃について紹介する。

 

 

淡路人形浄瑠璃とは?その起源と広がり

 

 

淡路人形浄瑠璃とは、

日本の国土が創世された際の神話「戎舞」を起源とし、

 

三人遣いの人形義太夫(語り)太棹三味線(伴奏)

によって演じられる、淡路島の伝統芸能を指す。

 

 

三人遣いの人形とは、「一体の人形を三人で操る」ことで、

主遣い」と呼ばれる者が頭と右手の部分を操り、

 

足遣い」と「左手遣い」がそれぞれのパーツを操って

初めて人形が上手く動く。

 

息が合わないとなかなか難しそうだ。

 

 

国が指定する、

重要無形文化財としても知られる、

この淡路人形浄瑠璃。

 

 

もともとは今から500年ほど前に、

淡路島に神事を生業していた百太夫という者が移住し、

 

その後当時人気の高かった人形操りを神事で行うように

なったのが始まりと言われている。

 

恵比寿様をたたえていて、

漁船の安全豊漁を祈るために人形浄瑠璃は行われていたが、

 

百太夫亡きあとは家や土地、

船を守るための神聖な行事として定着し今に至る。

 

 

最盛期の江戸時代中期には40以上の人形座が存在し、

人形役者も1000人ほどいて淡路島だけでなく、

全国を回って人形芝居を伝えたそうだ。

 

 

しかし現在は衰退してしまって、

現存する人形座は、

淡路人形座1座だけになってしまった。

 

衰退した理由については諸説あるが、

人形芝居に従事する者が経済面での苦しさや修行の辛さに

耐えられなくなったこと

 

単純に人形浄瑠璃自体の人気が他に奪われてしまったこと

が挙げられるだろう。

 

どの世界も極めるのは、

たやすい事ではないことが伺い知れる。

 

 

また、淡路人形浄瑠璃は海外でもとても人気で、

 

昭和33年ソ連での公演を皮切りに、

昭和49年にはアメリカ公演、

昭和53年にはフランス・スペインでの公演と続き

 

それぞれ非常に高い評価を受けたそうだ。

 

 

淡路人形浄瑠璃と文楽の違いとは?

 

 

ところで淡路人形浄瑠璃と、

文楽の違いはご存じだろうか。

 

見た目は大して変わらないような気もするが、

似ているようで全然似ていなかったりする。

 

もちろん共通するものもあるが。

 

 

淡路人形浄瑠璃と文楽の共通項は、

3人遣いの人形義太夫太棹三味線にて、

演じられること。

 

そして台本が同じとなっている。

 

 

そして相違点は以下の通り。

 

 

人形の大きさが、

淡路人形浄瑠璃の方が大きい

 

 

・淡路人形浄瑠璃は作品設定が江戸より前の時代である

時代物」や「神事舞」を得意とするのに対し、

 

文楽は作品設定が江戸の町人の世界を演じる世話物」や

景事」を得意としている。

 

 

・文楽は男性のみで演じているのに対し、

淡路人形浄瑠璃は男女ともに演じている。

 

 

繊細な動きをする文楽人形に対し、

淡路人形浄瑠璃は力強い動きをする。

 

・どちらかというとすました芸風の文楽に対して、

淡路人形浄瑠璃は観客によせた芸風を披露する。

 

 

人形・太夫・伴奏は同じなのに、

こんなに相違点があるとは思わなかった。

 

 

どちらが好みかは人それぞれだが、

俺はやはり人形の力強い動きを見てみたいから、

淡路人形浄瑠璃を推す。

 

 

まとめ

 

 

いかがだっただろうか。

 

 

浄瑠璃が、織田信長が誕生させて、

江戸時代に発展させていったことは触れたが、

証拠になるシーンがひとつある。

 

それは、織田信長最後である。

 

 

大河ドラマなどで見た方もいらっしゃるかと思うが、

明智光秀の大軍に対して、織田信長は、

本能寺で少数の付け人しかつけていない状況下にあった。

 

結局は、明智光秀が勝ってしまうが、

死ぬ前の最期に人間五十年と歌うのである。

 

 

人間五十年は本来、である。

 

信長は面をつけて人間五十年を踊ってはいないが、

劇中の宴会などでは面をつけて、

人間五十年を舞っているのである。

 

 

人形浄瑠璃は普段お目にかかる機会がないだけに、

その由来について知らなかった方も多いのでは。

 

 

淡路島と聞いて思い浮かべるものは?

 

恥ずかしながら俺は、

瀬戸内海明石海峡大橋鳴門海峡くらいしか、

思いつかなかった。

 

 

この淡路島、どんなところかというと、

瀬戸内海で一番大きな島で、

兵庫県に属している。

 

大きさでいうとシンガポールと同じくらいで、

気候は温暖で雨量も少なく過ごしやすいようだ。

 

 

もしあなたが淡路島に旅行する際は、

ぜひ一度淡路人形浄瑠璃の世界を堪能してほしい。

 

人形が繰り出す力強い動きに、

あなたも感動すること必至だろう。

 

 

は、髪の毛が一本もないが男前の(笑)友人ヤスオさんが

その魅力を渋谷の松濤で見せつけてくれた。

 

帰国したらまた会場に足を運んでみよう。

 

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